当寺は室町時代、戦乱を逃れた長野県田子村の城主の子孫・田子氏らが新潟に移り住んだことが起源です。寺名は「田子」の名と初代住職・田子八郎右エ門源明忠の「明」、そして皆の誓いから「太子山明誓寺(たいしざんみょうせいじ)」と名付けられました。田子氏ら6人の若者が地元の協力を得て約2年半かけて建立。昭和36年の台風被災後は、札幌の寺院から本堂を譲り受け、28人の職人と地域の協力により10カ月かけて再建されました。昭和38年に完成した本堂は、木造建築のぬくもりと多くの人々の想いが宿る佇まいを保っています。